ふらっと立ち寄ったペットショップで目が合った子犬に一目惚れ…。
こういう話をよく聞きます。

小さくて丸っこくてフワフワしていて、短い足でヨチヨチ歩くその姿に胸がキュン。
そんなかわいい子犬を家に連れて来てしばらくたつと、だんだん元気いっぱいに動き回るようになってきます。

あちこちでおしっこしたり、大事なものをおもちゃにしたり。それでもかわいいから許せてしまいます。

そのうちにさらに元気になってきて、今度は飼い主の手にじゃれつくようになります。
子犬の歯は小さくて痛いので、思わず「痛いっ」と言って振り払いますが、ますます噛んできます。

赤ちゃんのうちはまだいいですが、大きくなってきても一向におさまる気配はありません。
成長とともに噛む力はどんどん強くなって、噛まれると痛くなってきます。
中大型犬の場合は、体が大きくなってくるので恐怖を感じます。
そこで、しつけに関する本を読んだり、犬に詳しい人に相談したりし始める、という飼い主さんはたくさんいます。

いくら叱っても治らない「甘噛み」

こんなふうに、遊んでいるときなどに子犬が飼い主の手などに噛みつくことは、一般的に「甘噛み」と呼ばれています。
1歳未満の犬に関する相談で最も多いのは、この甘噛みに関するものと言ってもいいくらいです。

そもそもなぜ子犬は甘噛みをするのでしょうか。
子犬の歯は、4~5か月齢から、7~8か月齢ぐらいにかけて永久歯に生え変わります。
そのときにむず痒いので、目についたものをガジガジ噛むようになるのだという説明があります。
ですが、むず痒いときには、子犬はちょっと硬くて噛み心地がいいものを噛んでいます。

人間の手を噛むのは、じゃれているときがほとんどなのです。最初のうちはただじゃれているだけのようでも、だんだんエスカレートしてくると、唸りながら飛びついたり、悲鳴を上げるほど強く噛んだりします。
多くの飼い主さんが困っているのは、こういう噛みではないでしょうか。

しつけのしかたを調べてみたら、「子犬の頃からしっかりと叱らないと、成犬になったときに手が付けられなくなるので、今のうちにしっかりしつけましょう」などど書いてあり、不安になってしまう方も多いと思います。

ではどうやってしっかりしつけるのかというと、子犬の目を見て怖い声でダメと言うとか、噛みついてきたら無視をするとか、缶などを落として大きな音を立てるなどの方法が紹介されていたりします。

ですが、それでも直らないというらないと悩む飼い主さんが多いのも事実です。

それはなぜでしょう。

その訳は、子犬が人間の手などを痛いほど噛む理由についてへの誤解にあります。

先ほど書いたように、人間の手足を噛むのは、遊びの最中などの興奮しているときがほとんどです。
噛みついたからと言って「しっかり叱る」ようにすると、そのうちに唸りながらさらに強く噛むようになってきます。

わたしはこうした噛みつきを、甘噛みとは言わずに、「興奮・ストレス噛み」と呼んでいます。

では、なぜ子犬は興奮してしまうのでしょう。
子犬だから当然と思っている方はいませんか?実は、環境によるストレスが原因となることが多いのです。
実は子犬は一般的に考えられているほどハイパーな生き物ではありません。

子犬は生後6週齢ごろになると、しっかり歩けるようになって活発に動き回り始めます。
さまざまなことを学習して、脳が発達します。そのためには多様な刺激が必要です。
いろんな体験をすることで、子犬は周りの世界とのかかわり方を学んでいきます。

豊かな環境で心も体も健やかに暮らしている子犬は、遊びながら世界を探索したら満足してよく寝ます。
ところが、刺激が少ない環境に置かれていると、好奇心を満たすことができずに、退屈してしまいます。

噛まない犬でいてもらうための環境づくり

現在は感染症を予防するために、ワクチンプログラムが完了してから外に出すようにと言われています。
ですがワクチンプログラムが完了するのを待っていると、生後3か月から4か月になってしまいます。

その間子犬は、ほとんど刺激がない人工的な室内で暮らすことになります。
自然の中で遊ぶことも、他の犬と関わることもできません。

生後3~12週齢ぐらいまでは、子犬が周りの世界との関わり方を学ぶ重要な時期で、社会化の感受期と呼ばれています。
最近では、この時期を室内で過ごすことの弊害が指摘され始めています。
ワクチンが完了する以前でも、不特定多数の犬が集まって来ないような、安全な場所を散歩させたほうがいいという意見も出始めています。

家に迎えてすぐの時期から安全で自然豊かな場所を探索させてあげていると、満足して次の散歩までほとんど寝て過ごすようになります。
歯がむずがゆいときの「甘噛み」はしますが、人間の手足を痛いほど噛むようなことはほとんど起こりません。
歯の生え変わり時期には、噛み心地のいい犬用ガムや、歯磨きおもちゃなどをいくつも置いておけば、自分で気に入ったものを噛みます。
家具などを噛もうとしたときには、ガムやおもちゃなどをそっと手わたすと、それを噛んでくれます。

 

逆に、子犬時代の大事な時期を刺激が少ない室内だけで過ごさせていると、フラストレーションから非常に興奮しやすくなります。

飼い主さんは子犬の気を紛らわせようとして、室内でボールを投げたりなどして走り回らせたりしますが、そうすると子犬はさらに興奮します。こういう状況で興奮・ストレス噛みが起こるのです。

最近では、ケージやサークルの中に犬を入れておくように指導するトレーナーが多くいます。
ですが、自分で好きな場所に行けないどころか、ほとんど身動きもできないような場所に閉じ込められてストレスを受けない動物がいるでしょうか。

もし自分がそんなことをされたら、絶望的な気持ちになりませんか。
子犬時代にこうした強いストレスにさらされると、脳は大きなダメージを受け、学習能力は低下します。
さらに、些細な刺激にも興奮しやすくなります。

ケージやサークルに閉じ込めていたら、それは直ちにやめて室内のどこにでも自由に行けるようにしてあげましょう。

 

また、子犬を外に連れ出してあげましょう。
と言っても、いきなり道路を歩かせるのは危険です。
庭があればまずは庭から外に慣らしていきます。
ない場合は、ほどよく草が茂り、木陰もあって、他の犬が来ないような場所を探し、そこまで抱っこして連れて行ってあげます。

朝夕の犬が多い時間帯は避けたほうがいいでしょう。
子犬には、やわらかい素材のハーネスに、3メートルぐらいの長いリードをつけて、自由に探索させてあげましょう。
子犬はどんどん成長しますから、活動性に合わせて散歩場所を広くしていってください。

こういう散歩を取り入れるだけで、ストレス・興奮噛みは激減します。
すでに散歩を開始している1歳未満の犬の場合も、同じような自由探索中心の散歩は効果があります。

ケージやサークルに閉じ込めていたら、それは直ちにやめて室内のどこにでも自由に行けるようにしてあげましょう。
それと同時に、飼い主さんの接し方を変えることも重要です。

ボール投げなどの犬を興奮させるような遊びは、室内はもちろんのこと外でもやらないようにします。

犬は運動させないといけないと思っている方もおられると思いますが、のんびりした散歩でも十分な刺激になります。
これは犬種を問いません。

散歩のときにあちこちのにおいを嗅いで世界を探索すれば、室内では満足して寝ます。
逆にドッグランなどで走り回ったりすると、家でも興奮して噛みつきが出やすくなります。

犬にリラックスしてもらうことが一番大切なのです。

犬が噛み付くときに訴えたいこととは

犬が興奮して噛みついた時に、目を見て叱ったりなどすると、犬はさらに興奮して噛みつきが悪化します。
これはすでに経験している方も多いのではないでしょうか。

相手の目をきつく見すえるのは攻撃的な態度です。飼い主が自分を攻撃しようとしていると感じた犬は、ボディランゲージを使って精一杯飼い主をなだめようとします。
顔を横に向けるとか、頭を下げるとか、舌をペロッとするなどです。ですがたいていの場合、飼い主はその意味を理解しません。

そこで犬は自分の身を守るために、「来ないで」というシグナルを出します。
これが唸りです。
唸り声を聞いた飼い主は、「こいつ生意気だ」とばかりに、もっと強く叱ります。
すると犬は、さらに強いシグナルで、「やめて」を伝えようとします。それが空噛みや軽く歯を当てる噛みです。
それも通じないと、噛みつきの度合いはさらに強くなります。これが犬の噛みなのです。

 

噛みつきをエスカレートさせないためには、きびしくしつけることではなく、ストレス・興奮噛みをする機会をなくすことが重要なのです。

犬が噛むきっかけを作らなければ、噛まれることはありません。
興奮しやすい状態の犬は、衣服の裾がヒラヒラしたり、人の足がすばやく動いたりするのにも反応します。
そういう場合は、ヒラヒラした服を着ない、犬がいるところではなるべくゆっくり歩くということを実行しましょう。

それでも噛んできた場合は、自分の体の動きをピタッと止めます。
それでも噛み続けてくる場合は、そっと後ずさりしながらゆっくり部屋から出て行って、犬が来られない場所に避難します。

しばらくして犬が落ち着いたらゆっくり戻ります。
犬を撫でまわしたり、何度も名前を呼んだり、構いすぎたりするのも犬にはストレスになり、興奮しやすさの原因となります。
こうしたことに気を付けながら、犬が本来の落ち着きを取り戻すのを待ってください。

「甘噛み」を放っておいてはいけないというのは、ある意味もちろんその通りです。
犬の生活の質を上げて、のんびりと穏やかに暮らせるようにしてあげましょう。対症療法よりもそのほうがずっと効果があります。

犬はもともと人間に対してとても友好的な動物です。
そんな気持ちを裏切らないように、人間も犬に友好的に接してあげたいものです。